
自殺について
今日、考え事をしながら歩いていたら、かわいいドクダミの花が咲いていました。心が救われた感じです。
考え事の中身は、「自殺について」。
24日の六本木でのトークショーについて報告しました。亡くなったアナウンサーの川田亜子さんは私の2つ後の出番でした。
私は入れ違いでお会いしてはいません。しかし、スタッフの何人かは亡くなる前日にお会いしているので、自殺のニュースをきいて、多少なりとショックを受けていました。
「そんなに思い詰めていたのか」「何があったんだろう」
部外者ですらショックなわけですから、友人や家族、仕事仲間の方たちの胸中はいかばかりか。
なぜ、引き止められなかったか、気づいてやれなかったか、あの一言が、あの時に・・・後悔と自責の念にかられます。亡くなった方も大変だったのでしょうが、残された方々の心の傷はとてもつもなく深いのです。
日本では毎年3万人以上の方が自殺で亡くなります。その縁者の方たちは何十万人になるでしょうか。
知人にお嬢さんを自殺で亡くされて、後に自殺者家族のサポートをボランティアでされている方がいます。
自殺を減らすには、個人のメンタルな問題へのサポートと社会のしくみと両面からアプローチしなくては・・・
・・・と思いをめぐらしているところに、いま小学校5年生の担任が授業中に「こわい話」として自殺の方法を具体的に語り、子どもたちがショックを受けたというニュースが入ってきました。
担任の先生に悪気はなくても、子どもたちの心には大きな影響があるでしょう。
私もちょうど小学校5年生のとき、担任の先生が発した2つの言葉がずっと胸に刺さっていました。
「天才芸術家は若いうちに、病気で死ぬか自殺する。芸術家になりたければ若く死んだ方がいい」
「自殺には見苦しい死に方と、美しい死に方がある。どうせならば美し死ねる方法を選ぼう」
きっと今なら大問題ですね。自殺を示唆したり、美化したりするような発言は。
早熟な文学少女だった私は、夭折の詩人・中原中也や三島由紀夫などに思いをはせ、若き死こそが美学なのかと、悩み、美学をまっとうするための死に方とは・・・なんて、真剣に考えました。
死のうと思ったわけではないですが、様々な思いにとらわれてしまったわけです。「三島由紀夫はどんな気持ちで切腹したの」など親に聞いたりして・・・ちょっと繊細で面倒くさい子どもだったかもしれません。
そんな経験からも、子どもたちに死について語るなら、命を大切にするという文脈をはずれてはいけないと思うのです。
死を願う人たちに、花の癒し~フラワーハートセラピー~のメッセージは届くでしょうか。
経験からは、愛する人を失って、生きる意欲をなくしているような場合には、とても有効だといえます。
今日は重いテーマになりました。
死を願う人の心に光りが届きますように。
残された方たち、子どもたちの心が平安でありますように。








