あれ?この風景、なんだか前にも見たことがあるような気がする、そんなのをデジャヴと言います。
日本、特に関西で新型インフルエンザの流行が始まってから、私はデジャヴに見舞われます。
阪神淡路大震災の起こった直後、被災地以外の場所を訪れた時に感じた違和感と似たものを感じるのです。
被災地でまだ生き埋めの人を掘り出している最中、必死に消火活動をしている最中、東京のTVスタジオでは「もし東京で直下型地震がおこったら」とシミュレーション特集をしていた。
なに?いま、人の命を助けるために必死な私たちをおいて、未来の心配をしているの?そんなことは1ヶ月後でもよくない?どうしてそんな高みの見物なの? 茫然とした頭で、怒る気力のないまま考えていました。
今回の新型インフルエンザに関しては、兵庫、大阪の人たちは国の指針が追い付かない状況で、自治体独自の判断、施策を次々に打ち出して、対応に追われる中、それでも冷静に新しいウィルスとの共存をはかっています。たくましいです。
マスク、手洗い、ウガイを励行しながら、自分たちの生活をなるべく普段通りに行っています。
東京のメディアは、やはり対岸の火事なんですよね。すごい大騒ぎをしながら、東京の街でマスクをしている人なんて、花粉症の時期よりも少ない。
校長先生を攻め立てたりは意味がないですよね。犯罪者ではないのですから。
物々しい防護服姿を連日映したり・・・新型インフルエンザにかかってしまった子どもたちがいじめの対象にならなければよいと願っています。
関西から来たというだけで、動揺する人もいたり・・・。
兵庫、大阪の人口何百万人もいる中で、感染している人は数百人程度。
ちゃんと対応すれば命にもそれほどかかわることのないのにね。
首都圏、中部だって、たぶん感染している人はたくさんいると思う。まだ表面化していないだけ。
そんな無防備でいいのかしら、心配になります。
渦中の人と、それ以外の人達。
犯罪被害者とそれ以外の人達。
たぶんいろんなところに、こんな温度差があるんでしょう。
私もきっと他人事な顔していることいっぱいあるはずだから、ひとりひとりの個人を非難したいわけではなくて、メディアの責任、政治の責任・・・もっといろいろ考えることの多い時期なのでしょう。