プロフィール

芙和せら

心理療法士としてカウンセリングに花を取り入れたストレスマネンジメントを実践する。 クライエントにこころあるがままに自由にアレンジしてもらううちに、使う花と・組合せがある心理状態の時に共通性を見出しアレンジメントを芸術療法として取り入れ心理療法を行う。

バイオグラフィー

1986年
同志社大学卒業

1987年
カウンセラーとして活動開始

1989年
カウンセリングに花を導入
グループカウンセリング、個別カウンセリング等実施

1990年
「花の癒しの研究会」を発足し、花によるストレスマネジメント等の講演活動を開始する。

1995年
阪神大震災で実家が全壊。最愛の母をも失ってしまうが、 災害救援活動をしながら避難生活を体験する。 救援物資とともに花束を持ち込んだことで被災者たちの心の和みを実感した。 花の癒す力を痛感し、失意の中で小さな希望がささえとなり、フラワーハートセラピーを広く世に伝えることを決意。

1996年
「花の癒しの研究会」を「日本フラワーハートセラピスト協会」に発展させる。 2002年 「日本フラワーハートセラピスト協会」がNPO法人として認証される。

心の不思議と心理学

色彩心理とメンタルヘルス

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企業向けの仕事の中で、メンタルヘルスケアに色彩心理を活用することをご提案しています。

仕事中に花を楽しむゆとりはなくても、色彩ならいつも目にしているものだからです。

私はフラワーハートセラピーや<グラスルーエ>セラピーの中で日々、五感のもつ力の素晴らしさを実感しています。

わけても視覚の影響は大変に強いものがあります。

だから、企業の中でも、もっと五感を活用するご提案ができたらいいなと思っていて、それを日々の仕事の中で実践中です。

このたび某大手企業様のメンタルケアプログラムで採用されることになりました(^^)


今日のルートは鹿児島→名古屋→神戸

鹿児島・霧島での心理学合宿はとても充実していました。

フォーカシングの池見陽氏とゲシュタルト療法の百武正嗣氏との世紀のコラボレーションを目の当たりにできたことは、素晴らしい!の一言に尽きます。

両名とも少年のように眼を輝かせてコラボを楽しんでいる様子でした。

さて、いよいよ帰路につくというとき、鹿児島→伊丹空港行きの飛行機が欠航となり、なぜかなぜかまた名古屋空港経由で神戸に帰ってきたのでした。

そう、昨日の(日付的には一昨日の)、逆経路。

疲れました(´ヘ`;)ハァ

名古屋便も満席で、キャンセル待ち。鹿児島泊も覚悟していたので、帰れただけでありがたい。

また、鹿児島空港での待ち時間は百武氏とお食事しながら、過ごせたので合宿の余韻を語りあえて、大人の生き方についても語り合えて、おまけにごちそうしてもらえて・・・うふふ・・・いい時間でした。

百武氏は明日の仕事にそなえて福岡行きの飛行機に乗っていかれました。

池見氏も百武氏も、私も、拠点をもちながらも旅暮らしの日々。

このひとときを霧島という地で共にすごせたことが、奇跡的なのです。

遠回り経由のオマケ付でしたが、それさえも奇跡の代償のような気持ちになります。

おやすみなさい。

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グルーミング的コミュニケーションについて

コミュニケーションの機能の中には、情報の伝達・共有の機能がもちろんありますが、それだけではありませんよね。

安心できる相手か、信頼できる相手か、ウマが合う相手か、を見極めるための機能もあります。

次には、愛情を育んだり、心を伝え合ったりというような愛情表現のための機能もあります。

安心→愛情表現のあたりに必要なコミュニケーションのあり方を「グルーミング的コミュニケーション」と私は勝手に名付けています。

これはとても動物的なものですから、直接会って交換するのがいちばんでしょうね。

皆さんも、動物たちが群れの仲間同士、毛繕いしあっているのを見たことがありませんか?

ああすることで、愛情を確認したり、仲間だよっていうメッセージを伝えあっています。

かつてうちにいたウサギのみみまるくんは、頭や背中をなでてあげたりすると、私の手を同じようにぺろぺろしてくれました。(今頃、天国でくしゃみしてるかな。)

人間の場合は、微笑みだったり、挨拶だったり、握手やハグだったり、たわいのないおしゃべりだったりするわけですよね。

こういうのネット時代になって減っているような気がしませんか?

直接会いに行くより電話、電話よりメールって、だんだんグルーミング的コミュニケーションが少なくなっています。

コミュニティサイトなどでは、これってグルーミング的コミュニケーションの補完になっているのかなと見受けられるものもあります。

でも、人間は動物なので、きっとネットだけではグルーミングは不足しますよね。孤独になってしまいます。

悪評高かった上司との飲み会、社員旅行・・・これもグルーミング的だったと思います。

ネット時代にどうすればグルーミング的コミュニケーションがとれるのか、今はそこにとても関心があります。


なんでもストレスのせいにする風潮について

誤解をまねきそうな文章なので、どうしようかと迷っていたのですが、やはり書くことにします。

頭痛、肩こり、胃の痛み・・・いろんな日々の不調について、なんでも「ストレス」のせいにして片付けてしまう風潮に危機感をもっています。

医師の中でも、うまく原因が探せない症状について、「ストレス」のせいにしてしまうことはあるやに聴きます。ましてや素人判断で、なんでもストレスのせいにして片付けていいものでしょうか。

ストレスのせいと思っていたら脳腫瘍だった、肩こりと思ったら心筋梗塞だった、神経性胃炎と思っていたのがピロリ菌のせいだった。

そんな事例は山ほどあります。

ちゃんと診断をあおいで治療をする。

もし、「ストレスが原因」となったならば、そのままストレスの被害者であり続けるか、対処するかの選択肢があると気づいて欲しいのです。

ストレス社会という言葉がありますが、いまだかつて「ストレスのなかった社会」というのはなかったと思うのです。

ITストレスはなくても、作物の出来が天候に左右された時代にはその時代なりの。

核家族の孤独はなくても、大家族のしがらみの中の濃厚なストレスが、あったはずなのです。

そんな長い歴史の中である程度の「ストレス耐性」がなければ、人間は生き延びることはできなかったでしょう。

ストレスの源から逃げるも一案。

ストレス耐性をあげて、迎え撃つも一案。

受け流すも一案。

不調の原因がストレスとなっても、その被害者であり続ける必要はありません。

ストレスの被害者であることが、格好いいことでもありません。

自分を幸せにするのは、自分の責任ですよって思うのですが、うまく伝わるでしょうか。


日本芸術療法学会 in 仙台

あっという間の2日間でした。

10月3日(土)~4日(日)は仙台の東北福祉大学で日本芸術療法学会が開かれており、私も参加していました。

今は仙台空港で出発待ちです。

今回の大会テーマは「芸術療法に求められるもの・・・よみがえる生命力」。

自殺数の増加を私たち心理セラピストがどのように対応していくか、芸術療法が果たせる役割とは、ということがテーマになっているのです。

ズシンと重いテーマです。

私は、3日に「花の芸術療法~よみがえる子どもたちのの生命力~」と題して花育のケースを発表をしました。みなさん、興味津々で、うなずきながら聞いてくださいましたよ。

さて、今回の学会のオープニングはいつもと様子が違いました。大会委員長の増野肇先生が、趣向をこらして、歌あり、朗読あり、ダンスありのサプライズな仕掛けをされていたのです。

芸術療法の学会なのだから、言葉だけでなく情動に訴える趣向を・・・ということだったみたいです。

これはには度肝を抜かれた人も多かったみたいで、賛否両論。意見も活発に交わされて、それはそれでとてもおもしかったです。

大御所の増野先生の茶目っ気というか、本当にチャレンジグな姿勢には感銘をうけました。

だって、大御所なので無難にいつもの学会らしくやっていれば波風がたたないのに・・・、そんなものにはおかまいなしに新しいことに挑戦してしまう前向きさ。守りに入りがちな人が多い中ではすごいことだと思いませんか?

学問というのは過去の研究の積み重ねの上にあるわけですが、時にはそれをぶちこわすくらいの気概がないと前進しないと思うのです。

私が、日本芸術療法学会が居心地がいいのは、そういったことを実践してくださる諸先輩方がいるからかもしれません。

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うつ病や統合失調症が血液検査でわかる

最近のニュースで興味深かったのは大阪市立大学の準教授研究で、うつ病や統合失調症が血液検査でわかる方法が、みつかったというものです。

これまでは、主に問診に頼っていた診断が、血液検査で明確になるとすれば、「詐病」扱いされていたうつ病の人たちが、ちゃんと証明できるひとつの病気として、受け入れられるようになるのではないか。

また、犯罪を犯したときに、統合失調症を装ってもばれるということでもあります。

素晴らしい研究成果です。

早く実用化されるといいですね。


身体のサイン

大雨が続き、災害のニュースが流れています。

どうか皆様、ご無事でありますように・・・。

大災害の前では、私の風邪引きなんて、どうでもいいことなんですが。

風邪引いて声が出なくなってしまいました。

ちょっと調子が悪くなり始めたときに「ハスキーボイスだぁ」なんておもしろがってしゃべっていたので、余計にひどくなってしまいました(;。;)自業自得。

企業のメンタルヘルス関係の仕事が立て込んでいて、疲れがたまってきているなぁとは自覚してはいました。ちょっと休憩しようと思っていた矢先に、風邪を引き込んでしまったのです。

免疫力が低下していたのでしょう。

身体は正直ですね。

特に忙しくストレスがたまる時期には、週に1日は「退屈するくらいヒマ」な日をもつといい。

これはうつ病対策のひとつです。

ちょっとペースダウンして、自分に優しくいたしましょう。


「私、ずっと泣きたかったのかもしれない」

といって、涙を流される人はとてもたくさんいらっしゃいます。

がんばって、健気にいつも前向きで、誰かを支えて・・・。

自分の悲しみを悲しむ余裕もなく、泣くことさえ自分に許してこなかった人たち。

そんな人たちが、花と心通わすことで、ふと力がぬけるのでしょう。

ほろほろと何年分もの涙を流されることがあります。

「私、ずっと泣きたかったのかもしれない」

そんな言葉の中に、その方の人生が垣間見えます。

これは誰か特定の方の話ではなくて、あなたやあなたのそばの誰かのお話です。


ハイビスカス気分!&夢のワーク報告

花を贈らせていただいた方から、「咲きました!」のメールが届きました。

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明るく元気なハイビスカスは元気をくれます。

さあ、今日も張り切っていきましょう!!!

さて、ご報告。先週の土日のモーガンワークショップは、すごーく興味深いものでした。

他の参加者のワークが一通り終わった最後に、私もワークショップの前日にみた花盛りの夢をテーマにワークをしました。

内容は・・・ヒミツです(笑)。

夢は本当に示唆に富んでいて、自分でも気づいていない願望や想いをおしえてくれます。

潜在意識との交流をはかるために、心理学に夢をテーマに取り入れてくれた先達たちに感謝します。


心の中に昇り竜が棲んでいます

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何事かと思われたかもしれませんね(汗)。

最近の私の心の中には、天にかけあがる竜のイメージがあります。

竜は想像上の生き物です。

心理的な象徴としてもよく取り上げられます。

西洋ではドラゴン、東洋では竜(または龍)として、神話などに登場し、人間の力を超えた破壊力や創造力を意味します。

ただ、西洋ではヒーローに退治されたり、人間に手なずけられる対象であることが多いのに対して、東洋では神の使い、宝の守り神など、龍神としてまつられることが多いのです。

ここには、西洋と東洋の世界感の違いがあるのでしょう。

人知を超えた力とは、無意識から立ち上るエネルギーのことです。西洋ではそれを理性のコントロール化に置こうとしているのでしょう。

比して、東洋では未知なる力に畏敬の念をもちつつ、共存をはかろうとしているのではないでしょうか。

私の心の中の竜は、若々しくエネルギーに充ち溢れ、天に昇るためにいま水から解き放たれ、中空に舞っています。

しばらくこの竜とともに昇っていきたいと思っています。

どんな世界にたどりつけるのか、楽しみです。

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